「自然に治るかもしれない」と思い続けた2年間——EDと向き合えなかった俺の話


この記事は「43歳で初めて中折れした夜の話」の続きです。あの夜から2年間、俺がどう過ごしていたかを書きます。

誰かに相談しようと思ったことは、何度もあった。

でも、できなかった。

妻には心配をかけたくなかった。
仲のいい友人にも、こういう話ができる間柄ではなかった。

職場の同僚には論外だ。

家族に相談するという選択肢は、最初から頭になかった。
結果、誰にも言わないまま2年が過ぎた。

「性欲はある。でも、体がついてこない」という状態

一番しんどかったのは、気持ちと体がバラバラになっていく感覚だった。

性欲がなくなったわけじゃない。
妻のことが好きじゃなくなったわけでも、もちろんない。

ただ、体だけが言うことを聞かなかった。
勃起力が弱い。途中で萎える…

「いざというとき」に力が出ない。

これが積み重なっていくとどうなるか。

「また失敗するかもしれない」という不安が先に来るようになる。
妻がスキンシップをとってきても、俺のほうが避けるようになってしまった。

「疲れてるから」「明日早いから」と言い訳を重ねていた。

妻は文句を言わなかった。
でも、察していたと思う。

そういう状態が続くと、夫婦の間に小さな隙間ができてくる。

言葉にならない、でも確かにある距離感。
その隙間が少しずつ広がっていくのを感じながら、俺にはどうすることもできなかった。

深夜に調べ続けた日々

毎晩ではないが、気になりだすと止まらなかった。

スマホのシークレットモードで、ひたすら調べた。

「中折れ 40代」
「ED 自力で治す」
「勃起力 低下 原因」

同じようなキーワードを何度も検索した。

医療系のサイトは原因の説明ばかりで、読んでも「で、どうすればいいんだ」という気持ちになった。

サプリの広告は怪しくて信用できなかった。

体験談を書いているブログはいくつかあったが、どれも「○○を試したら劇的改善!」という感じで、リアルさがなかった。

正直に書いている人が、いない様に思えた。

「失敗したこと」
「変わらなかったこと」
「それでも諦めなかった理由」

そういうことを書いている人を探していたのかもしれない…見つからなかったけど。

あなたも同じように、深夜にスマホで調べていることがあるだろうか。

そうだとしたら、俺と同じだ。

「受診しよう」と何度も思って、何度もやめた

メンズクリニックに行こうと思ったことは、何度もあった。

でも毎回、何かが邪魔をした。

一番大きかったのは「恥ずかしい」という感情だ。

待合室で知り合いに会ったら。
受付で症状を伝えるとき。

そういう場面を想像するだけで、足が止まった。

「バイアグラを処方してもらう」ということへの抵抗感もあった。

「そこまでじゃない」「薬に頼るのは負けだ」という気持ちが、ずっとあった。

今思えばその考え自体がおかしいんだが、当時は本気でそう思っていた。

それに、「もしかしたら自然に治るかもしれない」という淡い期待もあったのかもしれない。

ストレスが減れば、睡眠が取れれば、もとに戻るかもしれない。

そう思い続けて2年が経過した。
だが、自然には治らなかった。

2年間で失ったもの

正直に書く。

この2年間で、俺はいくつかのものを失ったと思っている。

妻との時間。

スキンシップを避け続けたことで、二人の間に積み重なるはずだったものが積み重ならなかった。

夫婦の物理的な距離が、精神的な距離にもなっていった。

自分への自信。

「俺はもう終わりかもしれない」という感覚が、仕事にも影響していた。

部下に強く出られなくなっていた気がする。
根拠のない話だが、確かにそういう感覚があった。

夜の時間。

毎晩ではないが、深夜に悩んで眠れない夜が何度もあった。
そういう夜に使った時間と体力が、もったいなかった。

2年間、動かなかったことのコストは思ったより大きかった。

動けたのは、妻の一言がきっかけだった

転機は突然やってきた。

ある夜、妻がぽつりと言った。

「なんか最近、元気ないね」

責めているわけじゃない。
ただ心配している、そういう一言だった。

俺はそのとき、何も答えられなかった。

でも、胸の奥で何かが動いた感じがした。

「このままでいいわけがない」という気持ちが、初めてはっきりした。

翌日、オンラインクリニックを予約した。
受診のことや、そこからどうなったかは次の記事に書く。

▼ 次の記事

「妻に打ち明けた日のこと」

2年間隠し続けたことを、妻に話した夜。あのときの言葉と、その後の変化を書く。

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